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一般 : 本日、本学会は創立10周年を迎えました
投稿者: tada 投稿日時: 2016-4-23 15:08:03 (551 ヒット)

本日、創立10周年を迎えました。通常なら会長の挨拶が掲載される場合が多いのですが、10年前に発起人を代表して私が挨拶と設立宣言を行いましたので、創立に至るエピソードも含めて経緯を記したいと思います。

現在は多くの会員を有する団体となりましたが、その多くは5年前に発生した東日本大震災をきっかけに入会された方々なので、その歴史を知って戴きたいと思います。設立発起人として、多田 治、西澤 健司、増田 道雄、村野 宏守、山岸 美恵子、渡邉 暁洋、賛同者として、加藤 あゆみ、東 麻美子、松井 映子、高橋 一行が設立に関わった人物であります。発起人と賛同者の違いは責任の重さ。ここで言う責任とは経済面も含まれるので、若い女性には気の毒だと思い敢えて賛同者に留めた次第です。以上の登場人物がこれから記すエピソードに登場します。事の始まりは私の失敗でありました。

当時、私は旧公益社団法人杉並区薬剤師会(以後杉薬)の防災備蓄医薬品等管理事業部担当理事を務めており、医療資器材の廃棄に関する作業見積を事業者に依頼していたのですが、作業内容に関し、伝達の行き違いにより、杉薬に損害を与える結果となり、損害弁済を覚悟していた時、同僚の村野氏が廃棄すべき資機材をNPOである災害人道医療支援会(HuMA)に引き取って貰う方策を考え、実際引き取って貰い、ピンチを脱する事ができました。形式上は寄贈です。西澤、渡邉、加藤の3氏が処分の手伝いに来てくれ、そこで知り合いました。

その後、杉薬主催で我が国初の災害時医療研修会が開催され、西澤氏が講師として講演しました。それから2ヶ月後新潟県中越地震が発生し、学んだ事を実践する機会が現れ、村野氏と私は現地に向かう事にしました。現地へ向かう日は丁度杉薬の移動理事会が山梨県の湯村温泉で行う事になっていましたが、会長の了解を得て、理事会を欠席して2人は被災地へ向かいました。私達の選択は良い方に展開し、先に現地入りしていた茨城県薬の増田氏と出会い、現地対策本部で差配していた山岸氏とも出会いました。ついに重要な登場人物が出揃ったのです。

その後、年末にスマトラ沖地震大津波が発生して、JDR(国際緊急援助隊)医療チームが被災国へ派遣され、村野氏、西澤氏、渡邉氏、加藤氏が現地で救援活動に従事しました。

年が明けた2月19日杉薬主催の災害医療研修会が再び開催され、中越地震とスマトラ沖地震大津波での活動が中心となりました。前回は事前であり、2回目は事後であります。2回目の研修会に新潟県薬と茨城県薬にも招待状を送りました。新潟県は被災直後で余裕がないので欠席の返信でありましたが、茨城県から増田氏が参加し、研修会後の打ち上げ懇親会では災害医療の必要性や普及啓発について意見が白熱しました。そこで、ダメで元々と日薬学術大会でのシンポジウムまたはパネルディスカッションの開催を広島県薬へ提案しようと話が進み、翌日私が提案のメールを送信しました。2〜3日発って、広島県薬から返信が届きました。内容は同様な構想を持っていたが仕切るコーディネーターが見つからずに困っていたところへ貴殿からメールが届いたので、良ければ貴殿にコーディネーターを依頼したい、とありました。卒啄一致と言えますが、提案したもののまさか自分が指名されるとは思っていなかったので、どう対応すべきか村野氏に相談したところ、こんなチャンスは2度とないから引き受けた方が良いと勧められましたが、受けるかどうか決める前に広島県薬の意向を聞きたかったので、返信したところ県薬の副会長で県病薬会長の木平健治氏が所用で上京するので、都合が会えばお会いしましょうとの連絡があり、村野氏と2人でお会いする事になりました。

初対面のはずでしたが、奇遇にも前年の青森県大会の際、次回開催の広島県ブースで名刺交換して20〜30分話をさせて頂いておりました。会談させて戴き広島県薬の構想をお聞きして、シンポジストの人選等について可能な限り要望を聞いて戴けるとの事で承諾する事にしました。それから半年私が選んだ候補者(日薬から正式に依頼状が届いて始めて演者となる)と何回となく会って、構想を練りました。しかし、シンポジウムを一過性のイベントで終わらせては災害医療の普及も啓発もできないので、継続的に研修を行える団体が必要ではないかと考えるようになり、山岸氏に新潟県薬主催での中越地震一周年のイベント開催をお願いし、長岡での集会の席上、半年後の学会設立を発表しました。賛同者の小林氏(当時は松井)とは広島のシンポジウムで出会い、東氏とはその年末の設立準備会(忘年会)に松井氏の紹介で参加し、高橋氏は私の高校時代の同級生で私が座長を務めるから広島へ来てくれと半ば強引に引っ張り込んだのが学会との因縁となって10年経過しました。そして、10年前の今日正式に設立総会を開催してスタートしました。

しかし、当初は現在のように事務局や事務担当者が存在している訳ではないので、私の薬局が仮事務局兼仮本部で、本業の合間に事務作業を行うため、会員や役員との通信は原則として電子メールとしていました。研修会についても会場の手配や受講者の確保も苦労した。現在は募集と同時に満員で受付終了となるケースが多いようで隔世の感です。

ここまで読まれて、登場人物の中で一人でも欠けていたら本学会は現在存在していない事に気付かれると思います。彼らは「時代に選ばれし者達」であります。時代が或いは社会が必要として彼らを巡り合わせたのです。そして何かの偶然で本学会のホームページを閲覧して入会した方々もまた「時代に必要とされた者」なのです。

ホームページに設立趣旨の欄がありますが、これは薬剤師以外の方が閲覧する可能性を考慮して掲載しておりますが、本学会の公式文書は設立趣意書であります。初期の頃に入会された方は入会申し込みの際、設立趣意書を添付ファイルで送信して読んで戴き賛同了解の上入会して戴きました。その辺りも10年の歳月を感じます。

人間の命は有限ですし、いつ終わりが訪れるかも判りませんが、志は受け継いでくれる人が居る限りいつまでも続いていきます。10年後、20周年に私がまたこの欄に寄稿する事は難しいと思いますので、会員、特に若い方には設立に関わった人達の志を是非受け継いで欲しいと思います。

設立発起人 多田 治

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